くじらも通れる水の道
2020年10月12日

今日は港北水再生センターを訪問し、新羽末広幹線の視察をさせて頂きました。
その昔、鶴見川は「暴れ川」と呼ばれ、洪水と氾濫を繰り返しており、昭和55年に全国で初めて総合治水対策が始まりました。 河川だけで水量を受け止めるのではなく、直径3mから8.5mの下水管(幹線)を整備し、そこから海に放流すると言う複合的な仕組みにより、市街地における浸水対策が進められてきました。
大きな財源を必要とする事業でしたが、市民の生命と財産を守るための、先人達の知恵と努力と英断に感謝の思いです。

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